小説の感想・レビューです。ネタバレあり。物凄く更新遅いです。ご了承ください。訪問ありがとうございます。
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文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)
(2001/09/06)
京極 夏彦

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前書き
拙僧は鼠である。
人であるが、鼠である。

未だ、牛を知らず。
鼠であるのは、牛となった者を存じている為よ。
その方、見事に牛となられ、仏とした。

何と浅ましいことよ。
未だ、修行ならず。

仏は、拙僧を檻の中の鼠という。
仏は、牛を逃がすため、檻を造ったのだという。
牛得ると謂わば、片腹痛しと覚ゆ。

何と我が身の至らぬことよ。

まさに我は鼠である。

ジャンル・タグ 
ホラーチックな推理ミステリ・昭和初期・重量感(大)・時代に取り残された温泉地・山中の坊主達の奇妙な生活・記録が全くない寺院・十年以上成長しない少女・檻の中の異世界

評価  
素敵 

百鬼夜行シリーズ(京極堂シリーズ)の第4弾。ちょいホラーチックのミステリです。個人的には怖くはありません。ミステリ重視。物語の続きとして見てきましたが、この小説から読んでも、支障はありません。登場人物の様々な思いと、行動が複雑な形で入り乱れ、全く関係なさそうなことが伏線となっていたりと奥深いです。興味があればどうぞ。前作(冬)の続きで、設定では時期は冬頃のようです。いつもどおり、お馴染みのキャラクターが出てきます。新しいキャラも出てきます。寄り道も多い長い内容なのでご用心。

感想ネタバレ↓

話は、「狂骨の夢」の話の後です。前作からほぼ日付は立っていません。盲目の男・尾島佑平が、山道で死体のようなものと遭遇し、そこに居合わせた謎の僧と、死体のようなものについて押し問答を始めるところから始まります。箱根の古びた旅館の中庭で奇妙な姿勢で死んでいる僧侶を見つけた、旅館で過ごす客人たち。たまたま、京極堂の商売の用事のついでで旅行気分でついてきた関口にまた殺人事件が発生します。のちにいう箱根山僧侶殺人事件です。

ホラー要素はどんどん薄らいでいるこのシリーズ。ミステリとしては至極であるので問題ありませんが。怖さが醸し出しているのは「魍魎の箱」や「姑獲鳥の夏」までです。ただ、物語の人間関係、繋がりはどんどん複雑化しています。キャラクターも新しく出てきたり、前の作品で出てきた人物の過去、前作以外での情報が入ってきて、京極堂の世界は確固たるものになってきています。今回の作品はそのところをよく上手く使っていると思います。

姑獲鳥の夏で出てきた久遠寺医院の父親が出てきます。あの作品の事件の過去の新事実が説明されます。物語の本筋とは外れますが。

今回は、禅僧の歴史、中国、日本の禅宗、悟りについてなどについてふれられています。

個人的にはシリーズの中では一番好きです。ミステリ要素が強い部分や、伏線が絡みやっているところもそうなんですが、なんといっても、登場人物の一種の「悟り」のようなものがとても魅力的でした。実際の悟りという意味ではなく、物事を理解していなかった人物が一度傷ついて、自分の弱さを発見したことによって、物事の視野が広がり人間として強くなっている様子が描かれ、とてもよかったです。今回登場の山下という刑事です。最初は出世街道をまっしぐらに目指しエリート刑事と言われる彼は、自分の手柄ばかりに気を取られ、今までの定理、殺人の動機はパターン化されていて、万事上手くいくと思っていたのです。物事を見る視野が狭くなっていたのです。それが、坊主達だけが住む世界では、自分の常識、知識が全く通用せず何もうまくいかないのです。そして自分が間違っていたことを自覚するのです。そのあと自信をなくした後、

<本文より>
「尊公の信ずるものは同じかと思われます」
「山下様は警察と云う、社会のためになくてはならぬであろう組織の一員でいらっしゃいますな。高い地位にいらっしゃる」
「いや、私はね、今だからこそ云うが、正直に云えば出世したかった。だから懸命に仕事して来たんだ。それが悪いことだと思ってなかったよ。だって警察で成績を上げるということは、即ち事件を解決したり未然に防いだり、世の中のため人のためになってる訳でしょう。でも、それもものは云いようでね、こりゃまたあ欲なんだろう、出世欲」
「契機が何であろうともなされることは一緒。ならば信ずるものあった筈」
「それはそうですよ。社会正義のようなものを信じずに警察官はできない」
「ならばそれ自体が間違っている訳ではないでしょう。尊公は始めから犯罪捜査の何たるかを知っておった筈。真実を真実を見極め、法に照らして大衆の災いを取り除くー尊公の信ずるもの自体が間違っている訳がない。しかし損耗はどこか一寸だけ違うてしまったのでしょう。捜査も坐禅も同じでございます。取り返しのつかぬことをした訳でもなかろう。魔境は受け流し、ただなされるが宜しかろうとまあ、老婆心ですが」
「いや、ああ、うん。慥かにわたしはどこか一寸、間違えてはいたんだ。いや、ここにきて、今初めて坊さんの云っていることが理解できたような気がするな」

孤立していた山下警部補は、このあと、事件の関係を合理的に考え、刑事として本領発揮し、そのさまに勇ましさを感じかっこいいなと思いました。事件が混迷するなか、戸惑いながらも、冷静に状況を分析しているところがよかったです。周りの警官たちや、敦子たちも従っていきます。



<本文より>
「生命尽きてしまえば人とてもただの肉塊。触ったところで病の如くに死が染る訳でもない。踏みつけにしょうと足蹴にしようと、祟ることとてあるまいに。」

気づいた点ですが、仁秀老人のプロローグと、終盤の彼のセリフをみると、若干違和感があります。最初に読んだときは、特に気にならなかったんですが、二回読みすると、明らかにセリフ回しが変わっています。プロローグは妙に、厭世的でこの世をあきらめているようなセリフを吐いていて尾島に対しても、堂々とした老人の喋りです。後半には、とても下手に卑屈にうそぶく陽気な爺さんといった感じですね。これは、京極さんのこのシーンを書いた時期が離れているためでしょうか。


素敵な言葉どもが記事の跡
「か、貫首!これは警察に、否、法治国家に対する挑戦ですかッ。こういうことは、ここでは、明慧寺ではゆるされますか。わ、私はもう、沢山だ」
「拙僧は与かり知らぬこと!山下殿ー今の尊公のその言葉、そっくりお返しいたしましょうぞ!そもそもこれだけの警官がいて、いったい何人の当山の雲水を殺せば気が済むのか。これは警察の怠慢であるッ!我が国が法治国家を標榜しておるのであれば、斯様な犯罪を野放しにしておる警察の方こそ国家を愚弄しておるのだ」
「ああ、そう思うよ。大いにそう思う。私達は何も解らないし何もできなかったよ。凶悪な連続殺人の前にあまりにも、私は、否、私達警察は無力だった。しかし私は許さんぞ。この人は、中島さんはほんの三十分前まで私と話をしていたんだ。こんなこと―」
と力なく云って、そこで大きく息を溜め、「―こんなこたぁ許されんのだ」






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