小説の感想・レビューです。ネタバレあり。物凄く更新遅いです。ご了承ください。訪問ありがとうございます。
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モモ (岩波少年文庫(127))モモ (岩波少年文庫(127))
(2005/06/16)
ミヒャエル・エンデ

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前書き
主人公のモモは至って普通の貧乏な女の子であるが、1つだけ特別な能力をもっている。
それは人の話を聞いてあげる力。

「なんだ、だれにでもできることではないかぁ」と思うが、モモのそれは話し手が話そうと思っていた以上に話を膨らませるのだ。それは話し手を満足させ、モモの周りには自然とひとが集まってくる。


しかしある日を境にモモに話をする人がいなくなった。モモはそれが悲しい。みんなに理由を聞きにいくと皆口々に言う。

「忙しい」

遠くに灰色をした人の影がある。その人の影はそんな忙しそうな彼らを見て、うれしそうな顔をする。
むむ。なにか仕組まれている。


現代の忙しさに生きる人たちに捧ぐ物語。


ジャンル・タグ
ファンタジー・近代のEU・重量感(中)・時間の貯金・灰色の存在・忙しい人に捧ぐ・ドイツ文学

人生と時間についての児童書。児童書ですが、こどもより大人向けな感じがします。働いている大人だからそこ再認識できる問題。今の社会への問題提起が約40年前に予見されていたことにびっくりです。この時代も人は皆はせわしなくて生きていたのかもしれないですね。


評価
 
普通

感想ネタバレ↓
まず、序盤はストーリーがゆっくりと進みます。若干退屈です。後半から著者が伝えたい事がだんだん見えてきて面白さ、意義のようなものを諭される気分になります。なので、私としては最初はもうちょっとワクワクさせてほしいな、って思ってしまいました。物足りなさがありました(前半)。そして読んでいくと、日常でよく見られる通勤ラッシュや鉄道でのホームの光景を思い起こします。それの言葉がぴったりだからです。この意味が知りたい人はモモを読んでください。

別の面では「モモ」を読んでいて、映画の「マトリックス」の世界を想像してしまいました。(話の内容が似ているわけではありませんが、なんとなく配役とその設定が上記の映画をイメージさせる)灰色の男達がエージェントスミスで、モモとその仲間がネオとその仲間たちで、カメのカシオぺイアが預言者を守っているセラフのようなものです。そしてマイスターホラが、創造主の人、兼預言者のオラクルみたいなものでしょう。

灰色の男達も、エージェントもいわば、元々存在しないもので人間がつくりだしたものです。前者は人間がもつ時間を糧に、後者は人間の記憶を糧に生きています。そして人間から奪い取る事で自分達を存在させてきたという観点で解釈できます。どちらの場合も人間達は自分達がエサになっているなんてまったく気付きません。そして、知らないまま彼らはどんどん増殖していきます。ですがそれでは終われません。そこには「マトリックス」でいうネオ、救世主がいて、それがモモにあたります。モモは灰色の男達に立ち向かっていきます。「モモ」はそういう観点で似てる要素があるのではないかと思いました。

※「モモ」を読んでないと意味がつかめないかもしれませんが、ご容赦ください。
現代、通勤ラッシュ時、ホームにいる人達は常に時間に追われ、せかせかしています。現実における「灰色の男」達です。時間は無限にあるものでないから、一分一秒も無駄には出来ません。よって、いかに効率よく時間の節約をするかが、肝心なのです。たしかに、時間の節約は是といえるでしょう。生を受けたときから自分が持っている時間は死を迎えたらそれっきりです。つまり、その生きた時間が貴重なのです。ではなんのために、私達はその時間を貴重と思い時間の節約をするのでしょうか。

富、名声を得るためなら時間を節約しなくてもいい事柄です。ただ、早いか遅いかの問題です。この場合、節約する事がもしかしたら遠回りを生み出してしまうかもしれません。つまりその節約した時間をなに当てるかが肝心になってきます。その余った時間は時間のありがたみを感じるためかにあるかというと、大抵の人はそんな事に使いたいとは思わないでしょう。余った時間を自分なりに有意義に使うことに意味があるのです。といっても「灰色の男達」に時間をあずけ節約するような人はその節約した時間がもどってくれば、時間をもてあまし、逆に何をすればよいのかわからずに手持ち無沙汰な気分になってしまうと思います。なぜなら、いままで時間の節約をして自分を見つめる時間というものを作らないように努力してきたのであり、節約することが目的になっているからです。
「灰色」の空は今まさにこの現実に蔓延していることは明白でしょう。よって、仕事以外に時間が余ったときに、自分の手元には仕事以外になにも残っていないことにきづくのではないのでしょうか。それだったらこうも言えます。例えば、時間ができたから、筋トレを1000回、2000回やろうと決意しても元々筋力を蓄えてきた試しがないため、急に一度にやれません。日々地道につづけてきて、1000,2000回となるのです。あるいは、時間ができたから、友達と遊ぼうと思っていても、今までしてきてもいないのに急に今日から友達と遊ぼうと思っても、このときにはその相手がいないでしょう。昔から長く付き合ってそれが将来にも繋がって友達との交流があって成立するものです。

「モモ」は現代の現状に警告発信しています。生きて暮らしていくとはなんでしょうか。ひとそれぞれだと思いますが、私の解釈だと、自分が幸せになり、周りも幸せにすることだと思います。時間は貴重だと認識する事も大切だということを「モモ」は悟します。そしてまたその貴重な時間を目的もなしにためるのではなく、自分は時間を何のために使っていきたいかを考え行動することが、有意義な時間の使い方なのではないかということをこの本は思い起こさせます。

時間だけ節約して、使うときになって時間だけ手元にあっても何の意味もなさないのです。


素敵な言葉どもが記事の跡

時計いうものはね、人間ひとりひとり胸の中にあるものを、極めて不完全ながらもまねて象ったものなのだ。

光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのと同じに、人間には時間を感じとるために心というものがある。

そして、もしその心が時間を感じ取らないようなときは、その時間はないも同じだ。ちょうど虹の七色が目の見えない人にはないも同じで、鳥の声が耳の聞こえない人にはないも同じようにね。

でも悲しい事に、心臓はちゃんと生きて鼓動しているのに、何も感じ取れない心をもったひとがいるのだ。
「モモ」 マイスターホラの言葉より






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