小説の感想・レビューです。ネタバレあり。物凄く更新遅いです。ご了承ください。訪問ありがとうございます。
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文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)
(1999/09/14)
京極 夏彦

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前書き
匣、箱、筥、はこ。

「箱」とは物を詰めるために存在する。
「箱」の中に何も入っていなければ存在価値などない。
「箱」の空間は物を満たすためにある。
「箱」に物を詰めて容器として使い始めて、初めて「箱」の機能が発揮される。

つまり、「箱」の中身が重要だ。

かといって、誰もが、「箱」の外見ばかりが気になる。
「箱」自体ばかりに目がいく。いくら「箱」にお菓子を詰めていようが、宝石を詰めていようが人は、「箱」の外見で「箱」の性質、機能を決めてつけ、「箱」のフタを開けようともしない。そこには、お菓子でも、宝石でもなく、ただの空の「箱」だったとしても。皆がいう「箱」の中身が大事とは嘘ばかりではある。

つまり、「箱」は「箱」の外側、「箱」自身に存在価値があったのだ。

魍魎の「箱」、つかみどころのない得体の知れない「箱」
この「箱」は中身を見るべきか、それとも外側を見るべきか、どこに目を向けるべきか検討がつかない。
悩ましい問題だ。


ジャンル・タグ 
ホラーチックな推理ミステリ・昭和初期・重量感(大)・バラバラにして箱に詰める・魍魎がもたらす衝動・霊能者御筥様・空箱の木場・箱箱箱箱箱が箱が、隅から隅までみっしりと。

評価  
素敵 

百鬼夜行シリーズ(京極堂シリーズ)の第2弾。ホラーチックです。ずっしり分量に重みのあるサイコロ本です。読み終わった時に「読んだなぁー」と読破する達成感を得られました。前作(夏)の続きで、設定では時期は秋頃のようです。いつもどおり、お馴染みのキャラクターが出てきます。

感想ネタバレ↓
話は、前作「姑獲鳥の夏」の後の話。バラバラ殺人事件が相次いで起きます。のちにいう「武蔵野連続バラバラ殺人事件」のこと。しかも、ただのバラバラ殺人ではなく、腕や足だけ桐の「箱」や鉄の「箱」に入っているというのです。頭、胴体は見つからず、それも「箱」には複数の人の腕や足が。世間はこの事件の話題でもちきり。小説家関口も週刊誌や出版社との繋がりで事件に関わっていくことに。それとは別に警察官、木場(実質、主人公)が中学生の加奈子の殺人未遂事件に偶々巻き込まれます。加奈子は病院へ搬送され命をとりとめます。しかし、加奈子は重体で特別に設備の整った病院に移ることに。そこがまた奇妙なことに、立方体の「箱」のような施設なのです。加奈子は何者かに狙われており、加奈子誘拐の脅迫状が届くのです。立方体の大きな「箱」には厳重体制の警察官30名、そして木場。だれもが加奈子誘拐などできぬと思っていた、30分前まで病室で見かけた加奈子が、まさか、忽然と消えたのです。
その全く繋がりのないバラバラ事件と殺人未遂事件、誘拐事件がいろいろな情報から関係性を帯びてくるのです。

木場が加奈子が最初の病院に担ぎ込まれた時に、加奈子が妾腹の子や陽子と異父姉妹であることに気付きます。保護者の陽子達の会話で財産の分与問題であることに気付いたのはともかく、加奈子が妾腹の子や陽子と異父姉妹であることはさすがにあの会話からは読み取れない気がします。木場が実は凄い推察力や心を読める力があるならまだしも。木場さん、深読みすぎでしょ。

3章か4章あたりでは、京極堂が出てくる時のもったいぶったヒーローの登場みたいな感じが好きです。京極堂の関口に対する冷静な強気な態度とそれに対抗する関口の強がりの押し問答は今回も発揮され、関口いじりの件がだんだん癖になっていく私でした。明快に3流編集者の鳥口の素性をズバッ、ズバッと言い放っていく所も爽快でした。いつも通り、京極堂の凄さを見せ付ける場面、ストーリーの流れとは一線外れた話が始まりました。

前回は、
脳の仕組み、心霊、夢との関係性みたいな話でした。
今回は、
1)心霊術における霊能者、宗教者、超能力者、占い師の違い
2)普遍宗教と、民族宗教について
3)犯罪の加害者の動機について

超能力がオカルトという分類に含まれていないということ等考えた事もいませんでしたが、漠然とイコールで結びつくものだと考えていました。オカルトとは隠されているからこそ意味があるものだそうで、超能力とは関係ないらしいです。超能力は現在の科学では説明のつかない事象に霊魂や祟りなどの説明体系を用いずに説明することが出発点にあったようです。つまり、科学という背景がなかったら、超能力という言葉は生まれず、魔術や呪術という言葉が呼ばれているはずだからです。魔術と、超能力に差異を見出そうとしたのは近代からの科学という存在が傍らにあるからというのです。俗的にオカルトな霊魂や祟りというオカルトの範疇で説明する人がいるせいで、世間のイメージは超能力もオカルトという部類に入ってしまったのかもしれないません。正直、文章にあるようにどうでもいいといったら、どうでもいいですよねw

「仏教教団では本当はお祓いだってしてはいけないんだぜ。基本的に仏教は霊魂の存在を認めていないからね」
そうなんですね。だったら、お寺でお祓いをしてもらってるのって。。。って思っちゃいます。まぁ、どうでもいいような話ですが。

また、章の合間で合間で来る、「匣の中の娘」の文章が不気味なホラーの雰囲気を漂わせます。元来、潔癖症、隙間があったら中に密に詰まっていないときがすまない。隙間があることが腹が立つ、試験も100点でなければ、90点など10点分の隙間がある。その隙間があることへの憤り、満ちていることへの充足感。気持ちが分かりつつも、そこまで執着する偏屈さがなにか不気味さを引き立てます。

こういう所が京極さんさすがだなって思います。普通の文章は新字体を使い、「匣の中の娘」の時だけ旧字体を使い、ぶぁーーと空気感を変えてくる、いいですね。後編もあの視覚効果不気味さがあってよかったです。貴志さんの「天使の囀り」でみた視覚効果ですねw

450ページあたりでやっと榎木津ができてきます。やっぱり京極堂とこの人が出てこないとなんか物足りないです。礼次郎とその父親のハチャメチャであるのに、周りから多大な評価を受けている所がいいですね。増岡の能書きとそれに対する榎木津の心の気持ちとセリフが面白かったです。ちょうど電車の中で読んでいたんですが、笑いそうになるのを必死にこらえていました。

<本文より>
驚いたことに若干の躊躇いはあるものの、頼子は榎木津に心を開きつつあるようだった。私(関口)など入り込むことができない。しかし、こうして聞いているとよく解るが、榎木津はたとえ相手が誰であっても見事に同じ応対をする人間のようである。


誰であっても同じ応対をして受け入れられるって言うのは、無駄な媚び、へつらいない対等な位置からしゃべりかけているから頼子が受け入れていれるでしょうか。私はどちらかというと関口と近く、どう接しようかとか考えてしまうので、榎木津の何も考えていないというか、あっけらかんな性格がちょっとうらやましいです。


<本文より>
動機とは世間を納得させるためにあるだけのものに過ぎない。犯罪など―こと殺人などは遍く痙攣的なものなんだ。まことしやかにありがちな動機を並べたてて、したり顔で犯罪に解説を加えるような行為は愚かなことだ。それがありがちであればある程犯罪は信憑性を増す。

道徳観や倫理観まで法律で規制しまってはそれは単なる恐怖政治だ。思想や信仰は法律に対して自由であるべきなんだろう?法律は行為に対してのみ有効なのだ。それに考えただけで罰せられるなら殆どの人間は罪人になってしまう。動機だけなら誰にだってあるのだ。いや、殺人の計画だって皆立てている。実行しないだけだ。道徳だの倫理だの、そういうものは法律がつくり出すものじゃない。社会という化け物が、なんとなく作り上げるものなんだ。幻想なんだ。


そう言われてみればなるほどなって思います。でも、実際に裁判で有罪、無罪、罪の重さを決めるのに使うために動機というものは使われるじゃないかとか個人的には思います。裁判を下すのは、人間だから、感情の入らない客観的な審判なんて、近いけれど、絶対たどり着かないものだから、故意か過失かの動機検証で、罪を軽くしたり重くしたりする判断にしているんじゃないんですかね?たとえ、それが言い訳の後出し、嘘だったとしても。


<本文より>木場が
「密室殺人だの人間消失だのなんて怪談仕立てにして喜ぶ馬鹿は探偵小説家くらいなんだよ。」

これはなんか自分の小説を批評して、自分の小説に擁護している感じの言葉ですね。木場を通して、京極さんのミステリのイチモツの不安みたいなものをさらっと読者に伝えているのでしょうか。


全体を通して思ったのは、ちょっとなんでもありにしすぎって、少なからず思っちゃいました。終盤で久保が出てくるとこまでは素敵でした。複数の事件の絡み合いが今回の物語の醍醐味としてあるですが、さすがにお肉を食べ過ぎてもたれているそんな感想です。個人的には物語の中盤が一番面白かったなって思います。オチは完結したけど、美馬坂さんの考え方にはちょっと極端すぎて納得いかないです。科学者全般がそういう考えをみんな少しでも持ってると思われるのは嫌ですね。科学者=倫理観がない、みたいな。学問や研究に夢中になり、人道な考え方を無視した結論に達することはまれだと思います。また、今回の京極堂は前回にも増して事件を解決するのに話が長く横道にそれすぎて、「で結論は?」って問いかけたくなる回りくどい感じがちょっと残念。

誰が犯人か等は簡単なものと、わかりにくいものもありました。一人はあからさまなのでわかりました。一人は「この人を犯人にしたいだろうな、だけどひっかけで単なる伏線キャラ」と思ったら、犯人でした。他の人は純粋にわかりませんでした。

素敵な言葉どもが記事の跡
賢明でいる、それ故の胡乱である。秩序を獲得せんがために、混沌を容認せざるを得ない矛盾を、榎木津は抱え込んで生きている。

榎木津は厭厭その辺に積んである衣装の山から適当に手に触れたものを抜き取って身に纏った。それなりに見てくれと云うのは大事だと思う。しかし格好が様になればそれで良いと思う。着てみると何となくバーテンのような感じになった。だから蝶ネクタイを捜し出して結んだ。
(ページが変わる)
完全にバーテンである。
―バーテン。
そう呟いて部屋を出た。自分でも少し可笑しくなって、気分がやや高揚した。
ドアを開けると、榎木津の身の回りの世話をしてくれる青年、安和虎吉が新聞を読んでいるのが窺える。
「おや、やっと出てきましたね。先生、今日は何だか給仕みたいですぜ」
バーテンと云って欲しかった。
榎木津は無言で席に着く。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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